ゲーテは「佐村河内守」を暴いてみせた カリオストロ伯爵のペテンを描く喜劇『大コフタ』

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喜劇「大コフタ」

いつの時代にも詐欺師、詐術師ははびこるものだ。ソチ五輪開幕を前に大きな話題になったのが、「全聾の天才作曲家」「現代のベートーベン」を演じてきた佐村河内守氏だろう。フィギュアスケートの高橋大輔選手が同氏の作品「バイオリンのためのソナチネ」を使ってショートプログラムを演ずる、というまさに直前のタイミングなのだから、話題にならないはずがない。

そのインチキが暴かれたのは、18年にわたって実際に作曲をしてきたパートナーからの告発だった。いわば仲間割れである。もし、このパートナー関係がもう少し強固なものであれば、バレないままだったのかもしれない。

しかし、世界史を見渡せば、サムラゴウチさんも霞んでしまうような、スケールの大きい詐術師はいくらでもいる。中でも1749年から1772年に至る23年間のヨーロッパはすごかった。サン・ジェルマン伯爵、カザノヴァ、カリオストロ伯爵、本シリーズ第4回で取り上げた神秘家スヴェーデンボリといった、強烈な個性をもった怪しげな人々が、同じ時期にこの世に存在していたのである。

カリオストロ伯爵の生家を現地取材

詐欺、詐術は暴かれない限り、ホンモノとして扱われるのだから、「天才」「神秘」「奇跡」「ペテン」といったものの差は紙一重ともいえる。もはや、ひとつの芸として許していいのかもしれない。しかし、ヨーロッパ最大の知性といわれるヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1823)は、それを許さなかった。同時代を生きた稀代の詐術師の正体を暴こうとしたのである。その相手とはカリオストロ伯爵である。

フランクフルトの富裕な名家に生まれたゲーテは、『若きヴェルテルの悩み』で疾風怒濤時代(シュトルム・ウント・ドランク)の寵児として一世を風靡しながらも、ヴァイマール公国に招かれ、政治家としての能力も発揮し、宰相(総理大臣)にまでのぼりつめた。ゲーテは人体解剖学、植物学、地質学、光学にも通じ、余技を超えて大いなる実績を誇っており、晩年の大著『色彩論』は、今でも研究書が刊行されるほど。本業ともいうべき文学でも、『ヴェルテル』以降、『ヴィルヘルム・マイスター』二部作、『親和力』、『西東詩集』などを著し、さらに生涯をかけて完成させた『ファウスト』は世界文学の最高峰の一つと称えられている。

そのゲーテは、カリオストロに対し極めて批判的であり、シチリアの彼の生家を訪問し現地取材。その詐称ぶりを暴いてみせた。その上で、カリオストロ伯爵と首飾り事件をモチーフにした喜劇『大コフタ』(邦訳は鴎出版、2013)を書いた。

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