今月もドイツ・ロマン派の大家シューマン、今度は室内楽だ。曲は、ピアノ四重奏曲およびピアノ五重奏曲である。
今回ご紹介するのは、両曲を1枚に収めたアルバム。これらはシューマンの“室内楽の年”と呼ばれる1842年に作曲されたが、音楽の感触はやや異なっており、まずはまとめて聴くこと自体が興趣をそそる。
演奏しているのは、世界最高峰のバイオリン奏者イザベル・ファウスト、古楽に長けたバイオリン奏者アンネ・カテリーナ・シュライバー(五重奏曲のみ)、やはり世界最高のビオラ奏者アントワン・タメスティ、変幻自在のチェロ奏者ジャン=ギアン・ケラス、そして種々の楽器を弾き分ける名ピアノ奏者アレクサンドル・メルニコフの5人。
だが本盤は、こうした名手たちが名技の応酬を繰り広げながら、壮大かつロマンチックに歌い上げていくといったタイプの演奏ではない。ここでは作曲当時の古い奏法を踏まえて、過度なビブラートを避けながら極めて繊細に奏でられていく、大人の滋味をも感じさせる妙演が展開されている。
4人および5人のバランスも絶妙で、全員が際立ちながらも融和した見事なアンサンブルが耳を奪う。中でも、1851年製のプレイエル(すなわち古楽器)を弾くメルニコフの表情変化に富んだピアノが、音色的にも音楽表現の面でも大きな役割を果たしており、まろやかにして明確なその演奏は特に聴きものとなる。
四重奏曲は、終始細やかな音楽が続く。
五重奏曲はシューマン作品の中でもとりわけ明快で、入門編にも最適。こちらも表情の変化が幅広く、第1楽章の陰影、第2楽章の繊細な美感、第4楽章の軽快な弾みなど、楽曲の魅力が力みなく伝えられる。
これはある意味、聴き慣れた表現とは異なる新鮮な演奏だ。それがオールスター・キャストによって成就されている点が驚きであると同時に、音楽性の高い真の名手たちが細心の注意を払うと、いかなる室内楽が立ち現れるのか?を教えてくれる、希少な一例ともいえるだろう。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.12からの転載】
柴田 克彦(しばた・かつひこ)/音楽ライター、評論家。