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【曲目解説】ヴォーン・ウィリアムズ/交響曲第5番 Vaughan Williams/Symphony No.5 

1943年,第二次世界大戦中、ヴォーン・ウィリアムズ(RVW)が「永遠の平和」を願って作曲した交響曲です。この作品はヴォーン・ウィリアムズの交響曲の中では最も簡素な編成で,近年日本での演奏機会も増えている作品です。1938年頃から着想され,同時期に作曲が進められていたオペラ「天路歴程(The Pilgrim's Progress;17世紀英国のジョン・バニヤンの寓話文学のオペラ化)」と共通の材料が用いられています。

1934年に作曲された交響曲第4番で聞かれた暴力的な不協和音や緊張感は影を潜め、交響曲第3番(田園交響曲)以前の穏やかな作風に回帰しています。その一方,交響曲第6番以降顕著に見られるようになる独自の旋法性も現れ始めているのが特徴です。

楽器編成:フルート2(1人はピッコロ持ち替え)、オーボエ、イングリッシュホルン、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部 
作曲・献呈:1938~1943年,シベリウスに献呈
初演:1943年6月24日にロンドンのロイヤル・アルバート・ホール、作曲者指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

第1楽章 プレリュード
モデラート,4/4,ニ長調(ただしハ長調などとの複調が多く用いられている),ソナタ形式
チェロとコントラバスによる低いハ音が持続する上にホルンが「ターラ,ターラ」という付点リズムを持ったモチーフを演奏して曲は始まります。このリズムはこの楽章全体に渡っての重要なモチーフとなります。この部分は,RVWが尊敬していたラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」の冒頭部分からの引用と言われています。続いて穏やかな民謡調の第1主題が出てきます。この部分ではニ短調の色合いが濃くなります。しばらくすると第2主題はホ長調に変わり,第1主題よりも一段情感が高まり,暖かな感じになります。呈示部を通じて,第1ヴァイオリンの響きに透き通るような美しさがあり,戦争で悲しんでいる人々をやさしく包むような感触があります。呈示部は不吉な気分を暗示しながら終わります。

展開部はアレグロ,2/2に速度を速め、2つの主題のほか提示部最後に現れた不吉に半音下降する動機も繰り返し登場し、忙しなく動き回りつつ,音楽が盛り上がります。その後,気分は静まり,再現部に入っていきます。第2主題が変ロ長調で再現される部分で,ティンパニも加わり,楽章全体のクライマックスを築きます。その後,音楽は再び平穏さを取り戻し,楽章最後では冒頭のホルン音型が回想されて,静かに閉じます。

第2楽章 スケルツォ
プレスト・ミステリオーソ,イ短調,3/4
神秘的な気分でせわしなく疾走し,去って行く。そんな楽章です。この楽章について,英国の音楽評論家ネヴィル・カーダスは「牧歌的な中間部を持つ,霊妙で神秘的な幻想に溢れた繊細な曲」と賞賛しています。

楽章は,不規則な波のように上下する弦楽による5音音階の音型で始まります。その後,フルートとファゴットによって演奏される素朴な民謡風のメロディが出てきます。民族音楽的な要素と精緻さが組み合わさった,RVW的な楽章と言えます。途中出てくるオーボエとイングリッシュホルンによる不気味な音型は魔王の呼び声を暗示するかのよう。デュカスの「魔法使いの弟子」などにもちょっと似た雰囲気のある音楽です。その他,第1楽章に登場した半音下降の動機、トロンボーンのユニゾンに始まる管楽器のコラールの旋法的な旋律など,色々なフレーズが断片的に挿入されています。

第3楽章 ロマンツァ
レント,ハ長調またはイ短調、3/4拍子
楽章の最初の方で呈示される3つの主要楽想に基づく瞑想曲です。まず最初,弱音器付きの弦楽合奏が演奏する三和音がゆったりと半音階的に移ろっていきます。続いてコールアングレが息長く,主要主題を演奏します。この主題は歌劇「転路歴程」でも使われているものです。その後,第2楽章の最初の部分と関わりのある素材が出てきます。ホルンの不安めいた導入の後,木管楽器のたゆたうような絡みが出てきますが,主体となっているのは弦楽器による祈るような美しい旋律です。楽章の後半では,金管の咆哮も現れますが,ヴァイオリン独奏によるカデンツァ風の部分を経て,最後はイ長調になり平穏な気分で終結します。

第4楽章 パッサカリア
モデラート,ニ長調、3/4
幸福を象徴するようなパッサカリア主題が,まず最初チェロによって演奏されて楽章は始まります。が,主題は常に低音に現れているわけではなく,次の変奏からは第1ヴァイオリンやフルートなどに次々に現れる高音楽器の対旋律も重要です。ちなみにこの主題も歌劇「天路歴程」から採られたものです。音楽は次第に楽しげに盛り上がっていきます。

その頂点でトロンボーンだけが残った後,突然ヘ長調、4/4拍子になり、ソナタ形式の展開部のような部分に入っていきます。生き生きとした音楽が続いた後,第1楽章の主題が堂々と回帰してきます。その後,トランクイロ(静かに,落ち着いて)となり、パッサカリア主題やその対旋律が安らかに回想され,曲の冒頭と同じ静謐なムードになります。この部分でヴィオラとチェロのソロが美しい賛美歌を演奏し,永遠の平和を願うような優しい響きに包まれます。繊細な幸福感に満たされる中,曲は静かに終わります。

RVWは平和への思いを強く持っていた人で,その祈りの気分が随所に溢れた交響曲と言えます。

(参考資料)
ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/交響曲第5番_(ヴォーン・ウィリアムズ)
三浦淳史『英国音楽大全』音楽之友社,
 2022

(カバーCD)
アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団(録音:P1972) RCA GD-90506

執筆日:2024年3月9日

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