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EV失速、自動車市場で何が起きているのか◆「意識高い系」購入一巡の先【時事ドットコム取材班】

2024年04月18日11時30分

 電気自動車(EV)大手の米テスラや中国・BYD(比亜迪)など、EVメーカーの販売が失速している。急激な成長でその動向が注目を集めてきたが、ここへ来て需要は停滞気味。EVシフトを鮮明にしていた海外メーカーは、戦略の軌道修正を打ち出し始め、ハイブリッド車(HV)が好調なトヨタ自動車は2023年度決算で4兆円を超す純利益予想となるなど、EVの“出遅れ組”と言われたメーカーの好調さも目立つ。一気にEV化が進むとの見方もあった自動車市場。今、何が起きているのだろうか。(時事ドットコム編集部・編集委員 豊田百合枝)

【特集】時事ドットコム取材班

テスラ、4年ぶり減少に

 テスラ幹部は今年1月の決算説明会で、24年の販売について「顕著に下回る可能性がある」と言及した。投資家には失望が広がり株価は急落。実際、4月初旬に発表されたテスラの1~3月の世界販売は前年同期比8.5%減の38万台となり、コロナ禍で人やモノの動きが止まった20年4~6月以来、約4年ぶりに減少に転じた。

 同社は、販売減の理由について、改良モデルの生産が初期段階にあることや、イエメンの親イラン武装組織による紅海周辺での商船攻撃を受け、迂回(うかい)輸送を余儀なくされたことで、部品供給に影響が生じ、工場の操業停止につながったことなどを挙げた。しかし、これ以外にも世界的な需要の鈍化や、主要市場である中国での競争激化が背景にあるとみられている。

 4月中旬に入り、欧米メディアが同社の人員削減案を報じたこともあり、テスラ株はさらに値下がり。年初からの下げ幅は3割以上に拡大した。

BYD、過当競争で利益率低下?

 一方、23年10~12月のEV販売でテスラを抜き、世界首位に躍り出たBYDも自国市場の競争激化に巻き込まれ、増益率が鈍化し始めた。

 BYDの1~3月のEV販売は、前年同期比13.4%増の30万台とプラスをキープ。しかし、直近の23年10~12月と比較すると、販売台数は4割以上減少し、再びテスラを下回った。

 もっとも、EVにプラグインハイブリッド車(PHV)も合わせた中国の新エネルギー車の市場区分全体で見ると、BYDは依然堅調とされる。販売が落ち込む2月の春節(旧正月)休暇の影響を踏まえれば、昨年10~12月と今年1~3月の単純比較は難しいとの指摘もある。しかし、既存メーカーと新興メーカーが入り乱れ、激しい値下げ合戦が展開されているのは事実で、市場関係者や専門家は、中国での激しい競争がBYDの利益率を引き下げているとみている。

 スマートフォン・家電大手の小米科技(シャオミ)は3月下旬、第1弾モデルとなるEVセダンを中国で発売し、本格参入を果たした。既に数多くの新興メーカーが参入し、淘汰(とうた)が進んでいるとされる同国市場はますます混戦模様となりそうだ。

高所得者層の購入が一服

 中国で競争が激化する一方、欧米では「最新技術や環境問題への関心が高い高所得者層のEV購入が一服したことも、成長鈍化の一因」と指摘されている。

 東海東京インテリジェンス・ラボの杉浦誠司シニアアナリストは「実際にEVを使ってみた人が増えた分、充電インフラが足りない、使い勝手が悪い、あるいは飽きて中古車として売りに出したら下取り価格が低かったなどの不満が出てきたのではないか」と話す。

 欧州では、社員の家賃補助の代わりとして「企業が社員に貸し出すクルマを、脱炭素化に貢献するEVなどで提供するトレンドが一巡した」(杉浦氏)とも。ドイツを始めとする各国政府による税優遇策の縮小や終了も減速に拍車を掛けたという。

 欧米での需要減を踏まえ、米自動車大手フォード・モーターは、カナダ・オンタリオ州で生産を予定している新型3列シートEVの発売時期を25年から27年に延期することを決め、人気が高まっているHVの供給を拡大すると発表。米ゼネラル・モーターズ(GM)は、EVや自動運転への投資見直しが報じられ、独フォルクスワーゲン(VW)は、今夏から本社工場で始める予定だったEVの旗艦モデル「ID.3」の生産計画を取り下げた。

 米新興EVフィスカーのように、資金調達が難航し上場廃止の危機に直面する企業も出ている。

再評価されるHV、PHV

 EV減速のもう一つの背景として、HVやPHVが再評価される動きも挙げられる。EVは、冬場の寒い時期になるとバッテリーの性能が下がり、1回の充電で走れる距離が短くなってしまう懸念がある。こうした弱点をカバーできるのがHVやPHVで、中でも、PHVは充電と給油の両方ができ、近場の職場との行き来や買い物ではEVとして利用し、遠出にはガソリンを燃料にして走るといった使い分けができる。EVよりも長距離走行が可能なHVやPHVは、二酸化炭素(CO2)の排出削減と、バッテリー残量がゼロとなりモーターを駆動させられなくなる「電欠」への不安解消を両立できる「現実解」として消費者に選ばれるようになっている。

 EVに加え、HVやPHV、水素を使った燃料電池車(FCV)など「多様な選択肢」を提供し、各国の事情に合わせて製品を提供する戦略を取ってきたトヨタの23年の世界販売は、ダイハツ工業や日野自動車を含むグループ全体で前年比7.2%増の約1123万台。2位のVWグループの約924万台を大きく引き離し、4年連続で首位をキープした。

 けん引役は、前年から3割増えたHVで、初めて300万台を超えた。北米や欧州を中心とするHVの販売好調が業績を押し上げた。電池コストが高く収益化が難しいEVで出遅れたことが、結果的には収益率の高いHVで稼ぐことになり、好業績をもたらした。

 ホンダも、HVの販売増や円安を追い風に23年度の通期業績予想を上方修正している。

「普及モデル」投入がカギ

 もちろん、日本メーカーの電動化戦略がこれで万全ということではない。2050年の脱炭素化社会が最終目標である以上、少なくとも先進国では、CO2の排出を減らせてもゼロにはできないHVにいつまでも頼っていることはできないからだ。ガソリン車からEVへの過渡期をHVで稼ぎつつ、最終的にEVやFCVの開発を急ぐという戦略が変わることはない。

 EV販売拡大の成否は、コスト競争力の高い「普及モデル」を投入できるかどうか。それには、コストの約3割を占めるとされる電池の価格引き下げや性能向上がポイントになる。ナカニシ自動車産業リサーチの中西孝樹代表アナリストは「競争力確保には、性能を飛躍的に向上させた次世代電池の確保が最低限必要だ」と指摘する。

 EV用電池では、トヨタやホンダ、日産自動車の日本メーカーが、充電1回当たりの走行距離が約2倍に伸び、しかも充電時間が3分の1程度に短縮できる次世代バッテリー「全固体電池」の開発を急いでいる。2027~28年ごろの市場投入を目指しているが、本格的な普及時期は2035年~40年とまだまだ先とみられる。その間も、高性能な電池の確保が重要になる。

求められる“負けないEV戦略”

 中西氏は、し烈なEV競争で生き残るには、電池確保とともに「日本が苦手なソフトウエア領域で、欧米大手や新興企業にどう互していくかがカギを握る」と語る。次世代EVには、エンターテインメント性が求められるほか、自動運転などつながるクルマのベースとなるシステム構築や情報活用など、日本が得意とするハード面のものづくりにとどまらない技術を搭載することが求められるからだ。

 クルマの未来は、最終的には走行時にCO2を排出しないEVや水素技術の活用に収れんされていくとみられる。しかし、安全性やインフラ整備、技術の確立には相応の時間がかかることも分かり、ガソリン車が一気に置き換わると言われてきたここ数年の“EVブーム”は後退した。

 日本メーカーにとっては、EVの急速な普及が踊り場を迎えている今が巻き返しの局面なのかもしれない。将来、仮に水素技術で勝ち、業界をリードする存在になったとしても、自動車産業全体を見渡した時には、ソフト面などで必ずしも得意とは言えないEVでも「負けない」だけの競争力を持つ必要がある。

 今後も紆余(うよ)曲折が想定される脱炭素化への道。未来の着地点を見据えつつ、そこへたどり着くルートをどう描いていくのか。各社の戦略が試されるのはこれからが本番だ。(了)

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