見出し画像

【創作長編小説】天風の剣 第118話

第九章 海の王
― 第118話 強くなるんだ ―

「キアラン! 僕、新しい魔法を使えるようになったよ!」

 ルーイがキアランの両手を取り、顔を輝かせた。
 とはいえ、ルーイの笑顔には今までと比べ、暗い影のようなものが感じられた。
 オニキスの襲撃を受け、たくさんの人々が犠牲となり命を落とし、そしてたくさんの人々が負傷したところを目の当たりにし、深い悲しみと恐怖を心に抱えてしまったのだろうとキアランは察する。
 キアランは、胸が痛かった。明るく振る舞い、元気な笑顔を見せるルーイ。その小さな体で、どれほどの辛い気持ちを抱えているのか――。

「白の塔を出発してからずっと、いろんな魔導師さんに教えてもらってたんだけど、ようやくできるようになったんだ」

「そうか。すごいな」

 キアランはルーイの目線に合わせて体をかがめ、微笑みながらルーイの頭を撫でた。ルーイの心の痛みを思い、ついキアランの大きな手には力がこもってしまった。キアランの手のひらの下、ルーイの頭が左右に揺れ、柔らかな金の髪がぐしゃぐしゃになる。しかしルーイは、少しばかり手荒に頭を撫でられた犬か猫のように、上を見上げ嬉しそうに目を細めた。

「ルーイ。それはどんな魔法なんだ?」

「召喚の魔法なんだって!」

「しょうかん……?」

「うんっ! 自然のエネルギーを、動物とかイメージする形にして、自分の味方にするんだって! それは何時間も、まるで本物の生き物みたいに存在し、自由に命令通り動かせるんだ! とっても高度な魔法だよ!」

「本当か! すごいな……!」

 アマリアやダン、ライネたちも自然のエネルギーを使って魔法攻撃をしているようだった。ついに、ルーイもそんなことができるようになったのか、キアランはルーイの成長ぶりに驚く。

「見てて……! 召喚するから……!」

 ルーイは、魔法の杖――誰かからもらったようだ――で、さっ、さっ、と地面に円や不思議な文字のようなものを描き始めた。結界の張られた守護軍の陣営の外は、雪と氷だらけだったが、ここは魔導師たちの魔法の力で雪が溶け、柔らかな土が出ていた。

 これは、時間がかかるな。実戦には不向きなような――。

 一生懸命図形や文字を描き続けるルーイ。キアランはその魔法の実用性に対する疑念は口に出さず、ただルーイを見守る。

 きっと時間がかかるから、他の魔導師や魔法使いたちはこの魔法をやらないのだろう。

 ルーイは、まだ描き続けていた。とても複雑な図形になりつつあった。

 もしかしたら、これはあらかじめやっておくものなのかもしれないな。そうすれば、実戦でも使える。

 キアランは、召喚の魔法の使用方法を自分なりに考えていた。キアランが色々と考えを巡らすほど、その図形を描くのに時間がかかっていた。

「あ。キアラン。ルーイ。そこにいたのかあ」

 花紺青はなこんじょうがやって来た。

「いったい、なにが始まったんだ?」

 ニイロも来た。それほど、時間が経過していた。
 ルーイは、なにやら呪文を呟きつつポケットから小瓶を取り出し、描き上げた図形の上に、小瓶に入っていた液体を振りかけ始めた。

「見張りの鷹のときの小瓶とは違うな」

 キアランが呟く。今回の小瓶は、ひょうたんから作られたもののようだった。

「誰かからもらったらしい。そういえば、嬉しそうに説明されたときがあった」

 ルーイたちと言葉の違うニイロ、詳しくはよくわからないが、どうもその小瓶がすごいらしいことだけはわかった、とキアランに打ち明ける。
 キアラン、花紺青はなこんじょう、ニイロの視線を一身に集めたルーイ。皆が見守る中ルーイは、描き上げた大きな図形から数歩後ずさった。そして、すう、と深く息を吸う。それから、きっ、と顔を上げた。

 とても真剣な表情――。ルーイ、立派に成長したな――。

 いつか強くなりたい、強くなるから、と誓っていたルーイ。本当に、お前は頑張っている、心に傷を負いながらも、力強く前に進んでいるんだ、キアランは心を熱く震わせながら、新しい魔法に挑むルーイを心の中で応援していた。

「我は求める、火のトカゲ、ここに現れよ……!」

 ルーイは、描いた円の中心に向かって魔法の杖を突き出し叫んでいた。

 火のトカゲ……! それを召喚するのか――!

 ゴウッ……!

 描いた図形全体が光に満ち、風が吹く。風は一つに集まり、円の中心に、竜巻が現れる。

「すごいな! ルーイ!」

 吹き荒れる風の中、キアランが声を張り上げる。

「あれ? 竜巻」

 黒髪を風に巻き上げられつつ驚くキアランをよそに、ルーイはきょとんとした。
 不思議な火花を上げつつ、竜巻がほどける。そして、そこから現れたのは――。

「キアラン」

 シルガーだった。

「あーっ、失敗したー!」

 ルーイは頭を抱えた。失敗だったらしい。

「呼び声が聞こえたのだが」

 ルーイは、火のトカゲではなくシルガーを召喚していた。
 ぽかんと口を開け、顔を見合わす花紺青はなこんじょうとニイロ。なんで、なんでと呟きつつ悔しがるルーイ。

「……ルーイ。むしろ、この召喚のほうが成功かもしれない」

 キアランは、お世辞でも慰めでもなく、本気でそう述べていた。

「戦力、でかいし、使い勝手が――」

 キアランは真面目な顔で、ルーイにシルガーの便利さを説いていた。

「……呼び声が聞こえたのは本当だが、ちょうど私もお前らのところに来ようと急いでいたところだった」

 便利グッズ扱いのキアランの発言は気に留めず、シルガーが言葉を続ける。どこか深刻な表情だった。

「あれから私は、こことあの連中の中間あたりで休んでいたのだ」

「あの連中?」

「ああ。アマリアたちだ。四天王どちらの動きも早く察知できると思ってな」

「! シルガー! オニキスとパールは――」

 キアランは、シルガーの言葉の続きを急かす。魔導師たちの話によると、皆は無事で、こちらに向かい移動していると書かれたオリヴィアの手紙が、今朝小鳥によって届けられたらしい。
 キアランは、今現在もアマリアたちが無事かどうか知りたくて、気が気でない。

「オニキスは、私の力ではもともと察知が困難だ。だからなんともいえない。しかし、パールのほうはもう活動を始めた。やつは図体もでかいが発生するエネルギーもでかいからな」

 シルガーは、まっすぐキアランを見つめた。

「パールの復調は、私の予想以上に早かった。おそらく、アマリアたちがここに到着するより先に、パールはアマリアたちに追いつく」

 キアランの恐れていた言葉だった。

「魔法の強い力を持つアマリアたちを、眠りから目覚めたばかりの、大きな栄養を必要とするパールが見逃すはずがない」

 アマリアさん……! みんな……!

 キアランは、思わず腰に差した天風の剣の柄を握りしめた。
 いてもたってもいられなかった。一刻も早く、アマリアたちのもとへ駆け付けたかった。

「キアラン。また私と一緒に来るか」

 シルガーの言葉に、キアランはハッとする。
 シルガーの体調が完全な状態になったかわからない。しかし、シルガーは戦う目をしていた。
 キアランは振り返り、ルーイとニイロを見た。
 ルーイは、キアランに向かってうなずき、叫んだ。

「こっちは大丈夫だよ! キアラン。さっきは失敗しちゃったけど――、僕だって魔法を使える! 僕も、戦うから――」

 ルーイ……!

 真剣に描かれた召喚の魔法の図形や文字。本や図面を見ることなく、流れるように描いていた。きっと、何度も練習し、たくさんの時間をかけ繰り返し挑戦し続けたのだろう。複雑な図形の裏に、血のにじむようなルーイの努力がキアランの目には見えていた。

「もう、僕は守られるだけじゃない……! ニイロお兄さんみたいに、自分の身を自分で守れるんだ……!」

 まっすぐな、揺らぐことのない瞳。ニイロもうなずく。ニイロには、ルーイの決意の言葉のすべては正確にわからないようだったが、言いたいこと、その心はしっかりと伝わっていた。
 ニイロは、キアランに微笑みかけた。

「行ってやれ。キアラン。アマリアさんを守れるのはお前しかいない」

「ニイロ……。ルーイ……!」

 花紺青はなこんじょうが、キアランを見上げる。

「キアラン。行こう。またここにオニキスが来ても、魔導士たちがいるし、きっとシトリンたちも来てくれるはず。僕らは、アマリアさんたちを守るんだ……!」

花紺青はなこんじょう……!」

 キアランの心は決まった。皆を信じ、アマリアたちを救おう、キアランは、改めてシルガーのほうに向き直る。
 そのときシルガーは、足元の複雑な図形に目を落としていた。それからシルガーは、ルーイを見つめた。

「私を呼び出すとは、大した器だな。ルーイ」

 シルガーは、感心したようにうなずき、笑う。

「ゆくゆくは、大魔導師かな……?」

 シルガーの言葉を耳にするやいなや、ルーイの顔が、パッと花が咲いたように明るく輝いた。笑顔の花紺青はなこんじょうがルーイを小突き、ニイロがルーイの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。さっきはキアラン、今度はニイロとふたつの大きな手のひらに撫でられ、ルーイの髪形は大爆発となっていた。

「キアラン。必ず、アマリアさんたちと無事に戻って来てね」

「ああ。約束する――! ルーイ。お前は、本当に成長したな――」

「キアラン――!」

 身長も心なしか少し伸びた、自分を見上げるルーイの目線が前よりほんの少しだけ自分に近付いた、そんな気がした。

「では、行くぞ。キアラン。花紺青はなこんじょう

 シルガーの声に、緊張が戻る。

 四天王パール……!

 キアランは腰に差した天風の剣の柄にふたたび手を伸ばし、強く握りしめた。
 守護軍の結界の外は、相変わらずの吹雪だった。
 シルガーの創った白の空間の中、キアランを乗せたフェリックスが駆ける。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?